神嫁になった兄

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 多感な時期にはじめた習慣は癖となり、御池に対する投石は日常となった。  件の御池は近所の神社にある。敷地内の丸石は様々あって物には困らなかった。更に投げれども投げれども減ることのない石。管理者が定期的に水底をさらっているようですぐに拾われてしまうのだ。反して兄は八年経過しても音沙汰はない。骨一欠片として見つからない。頑なに出されぬ失踪宣告。法律上は生者として扱われている。そう兄は生きているのだ。 「おはよう、お兄ちゃん。今日も石を投げにいってくるね」  和室の一角に不揃いなほど豪奢な仏壇がある。  朝日の射さぬ仄暗い中。なれども艶めかしい金箔が輝いている。わたしは隠した数珠を鳴らして香華をたむけ両手をあわせた。今月で八年の節目を迎えた。兄が御池に飲まれた年齢も八歳だった。現世にいた年月が丸々過ぎ去ってしまった。  わたしは十五歳になった。来月から大学付属の進学校に通う。今は春休みだ。  新調した制服に袖を通す。お披露目をかねて制服姿で向かうのだ。手櫛で寝癖を撫でつけて適度に身支度を整えた。年頃の恥じらいはない。輝かしい青春など必要ない。わたしには相応しくないのだ。その他大勢の背景に徹する。兄が現世から消えて妹が面白可笑しく生きるだなんて違和感がある。贅沢な暮らしだ。そういう思いがあった。  物事には心の内で独りごちて終わる。それが現在のわたしの性格だった。ゆえに周囲からは暗い人間と思われている。交流する以前の問題だったが。  御池を訪ねる時ばかりは、兄が現世にいた頃の、妹らしい姿に戻ることにしていた。  わたしは神社の鳥居を潜り抜けると一目散に御池を目指した。手のひらに収まる石を選んで振りかぶる。野球投手の構えで腰を落として腕を伸ばしきった。 「お兄ちゃんをかえせ! この変態野郎!」
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