思い出のロケット

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「おぉこわっ・・・。コーヒーでも淹れようかな・・・」と言って、藤村は席を立つとカウンターの中へと隠れた。  凛子は外した指輪をロケットに戻すと、「太ってなんかいないもん。シンちゃんがこのロケットに丁度で入れられるように小さくしたのがいけないんだ!」と後ろに向かって叫んだ。 「そういう事にしておきましょう」と藤村は返した。  凛子はその返事を背中越しに聞きながら、ロケットを両手で握りしめた。ふと、凛子の耳に真司の声が聴こえた。 『頑張れよ!愛する人・・・』 「シンちゃん・・・」  それは間違いなく自分が愛した人、真司の声だった。 「トクさん!シンちゃんの、シンちゃんの声が聴こえた・・・」と凛子は握りしめたロケットを見つめる。 「思い出せたか」と藤村は新しいコーヒーを淹れて戻って来る。  凛子の目の前に出された1杯のコーヒー。  そのカップに満たされたコーヒーを一口凛子は啜る。 「あっ・・・、シンちゃんが淹れた物と同じ味がする・・・」と凛子は懐かしそうな思いで二度、三度とコーヒーを啜った。 「そりゃ・・・、兄弟ですから」と藤村は笑顔で笑いながら返した。  藤村も一口啜る。 「さっき淹れた物と同じコーヒーだけど、凛ちゃんが真司の事を思い出してくれたから、このコーヒーも真司の作る、笹山凛子オリジナル、凛子スペシャルになったな」 「ねぇ・・・、トクさん。これ・・・」と凛子が話しかけた途中で藤村は、「持って行けよ」と凛子が言いたい事を悟ったのか、先に藤村が置時計を凛子の前に移動させた。 「あっ・・・。ううん。このロケットペンダントだけでいい。もし、シンちゃんの声を忘れた時、もう一度、ここに戻って来るから・・・。この凛子スペシャルを飲みにね」  凛子は最後に「女優も続ける」と、そう言葉を残して店を後にした。    *   *   * 「そんな出来事があったんですか・・・」と沙希が口にする。 「そう。まさか、弟がこの人生時計にこんなからくりをしているとは僕も知らなかった。あのロケットペンダントを開くと、置時計の再生スイッチが作動して、弟の声が流れるなんてね・・・」と藤村は置時計を両手で優しく持ちながら話す。 「この人生時計は、本当に人を幸せな時間にする置時計だったんですね」と、沙希は藤村の手から置時計を受け取ると、店先の棚に静かに戻した。そして、『非売品』の札を傍に置いた。
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