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「いらっしゃいませ!」と沙希が挨拶をする。
藤村も「いらっしゃいませ!」と挨拶をすると、その入って来た女性客の姿を見て、静かに近寄った。
「沙希ちゃん。今日はもう終わりで良いよ。早く、家に帰ってお母さんを喜ばせてあげなさい」と言うと、沙希は少し不思議そうな表情を作るも、「わかりました」と言って、レジ脇の棚からカバンを取ると、「それじゃあ店長、お先に失礼します」と言って店を出て行った。
「元気な店員さんね・・・」と女性客が口にする。
「昔の君みたいだろ?泣き虫で、気持ちの優しい反面、弱虫な君と同じだよ」と藤村店長が言う。
「それは・・・、トクさんの前だけ。本当の自分を見せたのは。トクさんと、シンちゃんの前だけ・・・」と笹山凛子の目に涙が浮かんだ。
藤村は凛子にカフェスペースの席を薦めると、店の扉に準備中の看板を下げに行った。
「私が来て、迷惑じゃなかった・・・?」と凛子が薦められた席に座りながら尋ねると、藤村は、「迷惑なんて無いよ。天下の名女優を前にして、そんな事言う訳無いだろう・・・・。コーヒーでいいかい?」と返した。
「お願い・・・。ミルクと砂糖はいらないわよ」と凛子は言う。
「変わらないな・・・。まだ、背伸びをしているのか?」と藤村はコーヒー豆をサイフォンにセットしながら返す。
「背伸びはやめた・・・、筈だけど・・・。あれから一年経ったのにね・・・」と凛子はウィンドウの向こうに視線を向けながら話す。
「そうか・・・。真司が亡くなって、もう一年が経つんだな・・・。早いな・・・」とかぷウニコーヒーを注ぎながら、藤村も昔を思い出していたのだ。
「何よ。トクさんがシンちゃんを紹介してくれたのに。冷たい言い方・・・」
「えぇ・・・。そんな事は無いよ。僕だってしっかりと真司の事を覚えているし、それに忘れる訳は無い。ただ・・・、過去は過去だよ・・・。と言っても無理かな。時計が止まったままの君には・・・」
その言葉を聞いた瞬間、凛子の手が小刻みに震えた。
藤村は凛子の前に淹れたてのコーヒーをソーサーと一緒に静かに置いた。
「また、同じ夢を見るようになったのかい?」と藤村が静かに尋ねると、震える手を強く握りしめながら、凛子は小さく頷いた。
藤村は自分に淹れたコーヒーを窓際に行き、大きな窓に寄り掛かりながら一口啜った。
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