思い出のロケット

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「真司の為に・・・、女優を引退するのか?」と藤村が聞くと、凛子は静かに首を縦に振った。 「凛ちゃん、それは間違っている。それは真司だって望んでいない事だろう。真司の為に女優になったのなら、真司の分まで輝く人生を送れよ」 「無理よ・・・」と凛子が言いながら、両手で顔を覆った。  藤村はマグカップをテーブルに置くと、右手を凛子の肩に静かに置いた。 「凛ちゃん・・・」  凛子は顔を覆っていた手を離すと、カバンから取り出したハンカチで涙を拭った。 「最近、彼が死んだ時の夢をまた見るようになった。死んだ彼が、私に後姿だけを見せて霧の中に歩き去って行く姿・・・。その夢を見る度に、私は叫んでいる・・・。『シンちゃん、戻って来て・・・』ってね・・・。でも、シンちゃんは笑顔で振り向くと、手を挙げて大きくさよならと振るだけ。何も言わずに去って行く・・・。そんな夢を見る度に、私の中から彼の声が聞こえなくなっていくの・・・。彼の声を忘れているのよ。それまで、しっかりと記憶していた彼の声を・・・。自分で心の中に作った彼に、『諦めるな!がんばれ!』と言わせる為に作った私の心の中の彼に言わせようとしても・・・、もう、彼の声を私が忘れてしまっている。もう・・・、ダメなのよ・・・」  二人はしばらくの間に沈黙が訪れる。  凛子が涙目のまま顔を上げて、店内に視線を巡らせる。 「今日ね・・・。ここに来たのは、最後に彼の声が聴けるかな・・・って、思ってね。彼の声が聴けたら、もう一度女優として頑張ってみよう。彼が喜ぶ女優として頑張ろうと思って来てみたけど・・・、やっぱり彼の声は聴けなかった・・・」 「凛ちゃん・・・」 「こんなに、彼の作品に囲まれているのに・・・、彼の声が聴こえないなんてね」と凛子は泣き顔のまま無理して笑う。 「そんな事は無い。真司の声は聞こえている筈だよ!」と言いながら、藤村は立ち上がると、店先に飾ってある人生時計を手に取ると、テーブルに戻って来るなり、凛子の前に静かに置いた。 「凛ちゃん。覚えているかい?真司が作ったこの置時計を・・・」  凛子は涙を拭きながら、視線を置時計に向ける。そして、静かに縦に頷くとその人生時計を手に取った。
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