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もうこれ以上はだめね。
そう言った彼女の顔を、僕は見ることが出来なかった。
2LDKのその部屋にしては大きめな、ダイニングテーブルとセットの椅子に座り、僕は床にこびりついたシミばかりを見つめる。
そのシミは部屋を借りたときからそこに存在していて、今ではすっかりこの部屋を飾る一部と化している。
黒く、傍から見れば汚らわしい歪な形のそれは、まるで僕と彼女の心境を具現化したもののようだった。
テーブルにころんと置かれたそれは、僕が社会人として初めて貰った給料で買った、安いペアリングの片割れだった。
今となっては安いと思うリングも、当時の僕にとっては高価で輝きに溢れていた。
それは、きっと彼女にとっても同じだったのだろうと思う。
「でもね、楽しかったよ」
何処かを見つめ、懐かしそうにそう呟いた彼女。
恋人、いや、元恋人の頬にはうっすらと、黒い涙の跡が見えた。
その跡を間接的にでも付けてしまったのはこの僕だ。
淡々と語り出す彼女の言葉に耳を傾け、これまでの日々を思い出す。
告白したのは僕の方からだった。
高校生活のすべてに最後がつくようになって、思い切って胸のうちをさらけ出した。
あの時の心臓の感覚は今でも覚えている。
彼女も顔を朱色に染めて、はにかみながら首を縦に振ってくれた。
2人でいろんなところへ行った。
映画館にも、ショッピングモールにも、しがない喫茶店にも、ファミレスにも、ゲームセンターにだって毎日のように行ったし、高校の近くのカレー屋はデートには欠かせない場所だった。
彼女はキーマカレーが好きだった。
「キーマカレー、美味しかったな」
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