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「 !!」
ノンフィクション・ライター欅田真実の日常は、たった一本の刃物で引き裂かれた。
数秒前までは単なる取材対象だった目の前の男は豹変し、個室に欅田を拉致し、刃物で刺殺しようとする冷酷な殺人鬼になったのだ。
訂正しよう、豹変したと言うより、殺人鬼の顔がこの男、高屋敷昭仁(たかやしき あきひと)の本当の姿と表現した方が適切と言えるだろう。
表向きは、売れ筋のホラー作家で、被害者となる登場人物が殺人鬼に襲われて、悲鳴をあげながら逃げ回る描写が特によく書けていると定評がある。然し、何故かメディアに報じられることが一向にない謎のヴェールに包まれた男だ。
欅田は何時ものように、必要な事を聞き出し、メモし、それを原稿に写すと、後は自分の好きなことに時間を使おうと考えていた。これまでの取材で作家が話すことの概ねは判っている。
それでも、ほんの少しだけで良い。何時もと違う、刺激は欲しい。そう思いながら。
取材時はまるで小説の一節のように饒舌に語っていた高屋敷は、個室の中で、黙った壗、包丁を真上に振りかざした。
「 !!」
欅田は頚動脈を絞められたような感覚に襲われながらも、声を張り上げようとする。本来ならば「誰か助けて」や「きゃあああっ!」と絶叫していた所だろう。
欅田の脳裏に、この後の顛末が鮮明な影像となって駆け巡る。乱暴に降り下ろされた包丁の刃先が自分の体に刺さり、結果殺害されると言うホラー映画のワンシーンに似たリアル過ぎるビジョン。
程なくして、そのビジョンは欅田がイメージした通りの現実となった。
「い、い、いやああああっ!」
欅田の悲鳴は、個室の中に響き渡る。
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