後世へ

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彼の遺体の近くには遺書が残されていた。数十年間誰にも発見されることのなかったその遺書は、奇跡的に文字を読み取ることができるほど、綺麗に床下に保存されていた。色褪せた子供の字。それは、自分で命を落とす決意をした後に書かれた胸に刻まれた言葉だ。 《大切な人を殺した僕は、罪深き子だ。この命はその罪と共に、眠る》 その一文だけだった。この一文にどれだけの想いがつまっているのか、僕には分かる。 彼は、老女を自分の手で殺めた後床下に遺体を埋め、その遺書を手に老女の側で衰弱死する道を選んだ。僕はその脳裏に浮かんだ当時の一部始終を、彼が息を引き取るまでの数日間を見届けた。彼の最期を見たのは、時を越えた僕だけだ。 もちろん、警察はこのことを知らない。僕はただの雑誌記者で、心霊スポットに取材の為に訪れ興味本位で床下を覗きこの遺体を発見したと思われているだろう。墓荒らしに近い。しかし、これで確実にこの現代に彼と老女が生きた証を刻むことができた。空白を埋めることができた。この集落は心霊スポットとしてではなく、これからは後世に語り継がれる重要な出来事の一つとして、日本史に刻まれることになった。 後日、僕がずっと気になっていた、老女が男の子に恨みの言葉を投げかけたことが何故噂で広まったのか。その件について、警察が教えてくれた。 それは、数年前に発見された老女の物と思われる手紙の内容から作られた噂だった。 『流行病にかかろうが、私はこの男児を自らの命を懸けて守り通したい』 流行病に罹る前に老女が書いたとされるその手紙。彼の手で命を落としたことが、少しでも成仏の一つの理由になっていて欲しいと願うばかりだ。
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