前世へ

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その集落は、職場から4時間以上かかる場所に存在した。 こんなところは本当のマニアしかこないだろう。電車、バス、徒歩、全て活用する上に電車も一時間に一本あればいい方で、バスだって数時間に一本しかないようなこんな奥地、いくら興味があったとしても躊躇するほどの場所である。 そんなバスだって乗客は僕一人しかいなかった。乗車する際、運転手が物珍しそうに僕を見て行き先を聞いてきた。バス停の名前、それと一緒に集落のことも付け加えて伝えると、運転手は怪訝な顔をして、行くのはやめておいた方がいいですよ、そう言った。その理由はただ一つだ。本当にその集落は心霊スポットとして危険らしい。今まで何人も興味本位で集落へと訪れた客を乗せたが、帰りもちゃんと乗せて帰ることができた客は数人しかいなかった。そして、その客全員、霊に乗り移られたかのように車内で急に泣き喚いたり、叫んだり、運転手に罵声を浴びせたりしたらしい。危険を感じた運転手は警察に通報したが、警察でさえどうすることもできず、霊媒師を呼び署内で除霊する大ごとになった。 たぶん運転手は何度もここを訪れた客にこういった説明をしてきたのだろう。しかしオカルト好きは実際身に起こった体験話を聞くと興奮する変態的な所がある。うちの部下がまさにそうだ。こんな恐怖体験を聞かされても、全く意味はないのだ。むしろ早く行きたい気持ちが増す。 僕の心は半泣きだ。何故一人でこんなところに来てしまったんだ。今すぐ帰りたい。もしこのビデオカメラのバッテリーが切れたら、もう命を捨てる覚悟をしなければならない。この時点で壊れていれば今すぐ帰る口実ができるが、その場合ここまできた交通費は全て自腹だろう。さあ、霊のみなさん。脅かすなら今ですよ。今不吉なことが起これば僕は躊躇なく帰りましょう。集落からここまで一瞬でしょう、霊なんだから。無理でしょうか? 「ここですよ、お客さん」 気付けば、バスは目的地に到着していた。 行くのやめた方がいいと言ったのは運転手さん、あなたでしょう!何故僕を連れてきたんですか!そんなに危険なら、警察や僕の職場にでも電話してクレームでもいれて下さいよおお!!! 「……降ります」 運転手さん、あなたは見事な安全運転だったよ。……まさにドライバーの鏡だ。
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