前世へ

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6歳の男の子が、僕を先導して山道を歩いている。振り返り、僕がついてきていることを確認することはない、ただ集落をひたすら目指し、どんどん山奥へと入っていく。 それ以降、僕が意味不明な急病に襲われることはなかった。この男の子にどんな力があって、どれほどの阻止能力があるかはわからない。そもそもこの男の子が霊であるのかもわからなかったし、僕の目の前にいる子供は確実に僕には見えていて、この世でまだ生きているように思えた。 集落の事件は数十年前の出来事だ。それも、もうすぐ100年の時が経とうとしている。もしこの子が消息不明になることなく生き延びていたとすれば、現在は百寿近いおじいさんだ。それほどまでに長生きをしていないとすれば、この子が生きてきた証を全く世に残すことなく、僕達が知ることなく、この世を去ったことになる。 空白の数十年、そんなことはあってはならない。必ず誰かがこの子の人生を辿ってあげなければいけない。 歩き始めて40分。やっと噂の心霊スポットである集落に到着した。昔ながらの家屋は全国に今なお現存し住み続けている人々がたくさんいる。この集落の家屋はそれと何ら変わりはない。今でも誰かがここに住んでいるのではないかと思うほど綺麗な茅葺き屋根の家数軒が密集していた。辺りを見回すと、今の時代にしかない食べ物のゴミがいたるところに捨ててある。僕の前にたくさんの人がここに遊びにきた証拠だ。出発する前に調べたこの集落のことが掲載されたサイトに、心霊現象を確実に体験する為に、夜通しテントを張って一夜を過ごしたと書かれていた。そういう者のせいで、この集落に訪れた人々がその行為を真似し、さらに荒れた噂が作られるのだ。断じて許せない。 散らばったゴミを一つ一つ拾っていく。せめて風化しないように当時の風景をなるべく残していたい。そうしている内にふと気がついた。僕はただ雑誌の企画でここにきただけなのに、この集落の過去や未来、生活していた人々のことに深く関わろうとしていることを。数十年前にすでに滅びた集落だが、残された資料の記録だけでは満足できなくなっていた。掘り返したいわけではない、ただ誰にも知られていない事実の空白を埋めたいだけだ。 そう思った時点で僕の中には再び、当時の集落で生きた何かが乗り移っていたのかもしれない。
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