前世へ

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流行病の治療法はなく、ただ床につき回復を待つしかない。その病気は空気感染する病だと認識されていたらしく、侵された人間は除け者にされ、家屋に隔離される。介護する為同じ空間にいるとその人物も死を覚悟するしかなかったという。 つまり、老女はただ、死を待つのみとなったのだ。 もう若くない老女は、とにかく苦しんだ。食事を取ることもできず、水もすでに底をついた。僕の目の前で老女は苦しそうに咳き込み、唸り続けた。 手を差し伸べたい。僕が今この時代にタイムスリップできれば、今すぐ看病し彼女の命を延ばす為にできる全てのことをしよう。そう思えば思うほど、自分がどれだけ無慈悲な人間かを思い知らされた。医療が現代ほどに発達していないこの時代を、こうした死者の思いからでしか感じ取ることができない。雑誌の企画がなければこんな地域にこなかったし、ただの心霊スポットとしか思わなかっただろう。この集落にはたくさんの無念が漂っている。老女の無念はもちろん、その他無数に語られることのない無念があるのだ。 瞳に溜まった涙が流れることはない。僕はひたすら老女の回復を祈った。 その時、消えたはずの男の子が勢いよく家屋に入ってきて、老女へと駆け寄った。そして、何度も老女へ声をかけ始めた。おばあちゃん、死なないで、生きて。僕は初めて彼の声を聞いた。幼い声で声が枯れるまで彼は叫んだ。何故か病に侵されることのない男の子は、必死に老女の回復を僕と共に祈った。僕の今の気持ちを、代弁するかのように。 すると、一度も起き上がることのできなかった老女が、彼の声に反応し、急に勢いよく起き上がった。 男の子は歓喜した。しかし、そんな彼を真正面から見つめる老女は、甲高い笑い声を上げながら立ち上がり、天上を見上げケラケラと不気味に笑う。 僕はすぐその異変に気付いたが、老女を一番近くで見上げる男の子は笑顔で老女の復活を喜んだ。僕の思いが通じたんだ。そうして不気味に笑う老女が着ている着物の袖を掴むと、老女の笑い声がぴたりと止み、キッと男の子を睨みつけそのやせ細った足で、彼のお腹を蹴り上げた。 老女の蹴りの威力が想像以上に強く、男の子は吹っ飛び、背中と頭を支柱に激しく打ちつけた。
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