前世へ

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助けなければ。そう思っても体は動かず、瞼も開かない。そして、その現場は死者が呼び起こしたもので、現在進行形の出来事ではない。僕にはどうすることもできなかった。 あの笑顔で男の子と食事をしていた者とは思えないほどに変わり果てた老女は、男の子を見下し口を開く。 「お前だけ、生き残るのかい?」 それは全く感染することのない男の子に対しての恨み節だった。全く身動きがとれなくなった男の子は、ただ老女の言葉に耳を傾ける。 「私の子供を、返せ」 そうして彼の首を老女は強く絞めた。その病気は確実に老女に最期の力を振り絞らせ、僕はそこで老女と男の子の人生の終わりを悟った。目の前で起こる出来事は、過去の現実だ。 2人しか知るはずのない真実を、僕は数十年の時を経て初めての目撃者となった。 しかし、このままでは男の子は老女に殺されるが、何故2人は消息不明となったのか、その疑問が僕をふと悩ませた。老女は病で気が狂っているが、確実にこの後命を落として遺体となるはずだ。そうなれば噂通りにならない。2人は今だ消息不明のまま。噂はただの噂だったのか。それとも、まさか老女は生き残って、誰にも気付かれぬまま集落を抜け出したか。 そう思った瞬間、男の子の手が背後へと伸びた。 そこにあったのは、研ぎ澄まされた短槍だった。 彼の力は伸びた右手に集中。苦し紛れにもその目線は、老女の心臓へ。 それは一瞬だった。槍先が老女の心臓を貫き、白目をむいた老女がスローモーションかのように背中から倒れていく。 帰らぬ人となった老女をうな垂れながらも凝視する彼の悲痛な叫びを、僕は感じ取ることができなかった。その瞳は、確実に死を意識していた。 あまりにも残酷で、切なく、悲壮だ。 男の子はちらりと僕を見た気がした。有り得ないはずだけれど、僕自身そうであって欲しいと願う。彼が僕に真実を知ってほしくて僕をここに導いたんだ。この空白にするわけにいかない真実を、自分の手で愛してくれた老女を殺してしまった真実を、誰かに理解してほしかった。だから今まで彼はたくさんの想いと共に、この土地で彷徨い続けることになったのかもしれない。 いや、もしかすると彼はこの集落をずっと守り続けていたんじゃないのかな。 ビデオカメラに残す意味のないこの出来事は、僕の脳裏に刻み込まれた。誰も体験することのできない、僕と男の子だけの秘密だ。
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