ただ、想い続けるだけなら。

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 退職日が決まってから、しばらくそちらにいけない旨をアキラを通して純太郎に伝えてもらった。なんとなく自分なりのけじめというだけで、深い意味はないのだけれど。連絡先もお互い知ってはいるものの、こちらからは特に連絡はしない。  そして純太郎からの連絡もなかった。 『あなたを振り向かせてみせます。僕のことを見てくれるまで諦めません』  そう告げたあの日の週末から、純太郎の元へ、事務作業の手伝いに行っていたが純太郎との関係に変化はなかった。好きとも、付き合ってとも言われていない。  時々、飲んできたあとで気まぐれに純太郎が要にキスをしてくることがあった。酔っぱらうとキスしたくなる人種がいると聞いたことがある。 きっと、それは自分がたまたまそこにいるからだろうと思っていた。それだけじゃない。純太郎は、酒が強いわりには要の前では酔うと気弱な一面を見せる。『俺のこと好き?』と何度も聞いては、絡んでくる。時には抱きしめてくるし、押し倒してくることもあった。  最近、風俗でヤレなかったと愚痴っているので、その憂さ晴らしなんだろうと思う。 (たぶん僕じゃなくても……)  こうして会えない間に純太郎は自分以外に好きな女の人が出来たりしないだろうかと不安になる。逆だってありえる。純太郎に好意を持つ人だって現れるかもしれない。そのとき、自分は純太郎が、自分以外の誰かを選んだとき、冷静に認めることができるだろうか。そうなれば、また想い続ければいいだけだと、わかっていても、今のように近くにいられる幸せを捨てなければいけないのが怖い。  仕事を辞めて、きちんと森中工務店に事務員として働きたいと考えてはいるものの、社長である純太郎にその意志を伝えていないばかりか、今の会社を辞めることすら伝えていない。中途半端なことが大嫌いな純太郎のことだから、きっと怒るに違いない。  採用してもらうどころか、こんな淡い気持ちを抱き続けることすら、難しくなるのかもしれない。 (地元に帰って再就職、か)  そんなことをぼんやりと考えながら一ヶ月を過ごした。
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