ただ、想い続けるだけなら。

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 返事をしたい気持ちはあるのだが、とにかく純太郎の顔が怖すぎて声が出ないのと、掴んだ胸倉が、絶妙に咽元を締め付けていて、だんだんと意識が遠のきそうになる。 (この人、ガチで殺す気か……) 「聞いてんのか、要」 「き、いてま、すけど……」 「返事」 「死んじゃい、、、ます、、、」 「あ?コラ、死ぬな」 「離し……て」  ようやく胸倉を解放されると、どさりと体を落とされた。要は咳き込み、膝から崩れそうになりながら、なんとか体勢を立て直す。  オフィスビルを行き来する人たちが、怪訝そうな顔で要と純太郎を見ながら、遠巻きに歩いて過ぎていく。 「ゲホ……ゲホ」 「どういうことか、説明してもらうからな。乗れ」 「ゴホッ……乗れって……軽トラですか?」 「とりあえずおまえんちまで送ってく」  そのまま純太郎は運転席に向かい、力強くドアを閉めた。まだ咽が苦しいままだったけれど、要もよろめきながら助手席のドアを開けて、少し汚れた助手席のシートに座り、ドアを閉めた。シートベルトを伸ばした途端に車は発進した。 「ちょ……」 「早くベルト締めろ」  声音が明らかにトゲトゲしい。おとなしくシートベルトを締め、助手席のシートに埋もれた。  要は無言のまま、今日が退職日だと純太郎に言ったのは誰なんだろうかと思い巡らしていた。こういうとき口が軽そうなのは、間違いなく兄だ。  けれど辞めるとわかれば純太郎のことだから、浜村にも連絡をするだろう。 (知らないはずはないか…)  運転席の純太郎をのぞき見れば、まっすぐ前を向いて、片手を頬につき、片手で運転している。初めてのドライブといえば聞こえがいいが、かなり運転は荒い。オフィス街を軽トラがそこそこのスピードで走る姿には違和感があったけれど、久しぶりに見る純太郎の横顔は凛々しくてかっこいい。とはいえ、表情は明らかに怒っている。 (さっきだって軽く殺されそうになったし)  このあと、どんな仕打ちが待っているのだろうかと考えただけで生きた心地はしない。 「なぁ」 「は、はい!」  沈黙のまま走り続け、最初に口を開いたのは純太郎だった。要は驚いて、思わず、上ずった声で返事をしてしまう。 「おまえ、会社辞めてどーすんの」 「えっと実家に帰ろうかと……」 「は?」  さらにその声には威圧感があって、体がびくりと震える。
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