ただ、想い続けるだけなら。

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 荷物の入った紙袋をガサガサ鳴らしながら、スーツのポケットから自分の部屋の鍵を探す。 「要?」  自分の部屋の前で、鍵を開けていると、階段の下から和田の声がした。 「和田」 「今、帰り?今日、最後だったよね」 「うん」  今日が最後の出社になることを、和田には告げていた。そのときも和田は辞める理由を聞かず、「そっか」とひとことだけ言った。辞めたあと、金銭的に頼るとかそんなつもりはまったくなかったが、和田には内緒にせず打ち明けたいと思った。  学校は終わって帰ってきていたのだろう。部屋着のジャージ姿の和田は、話しかけながら階段を上がってきた。 「ひとまず、おつかれさま」 「うん、ありがとう」 「どうだった?最後の日は」 「あー、まぁ、油断すると泣きそうだったかも。僕が」 「短い間でも、いろいろあったしね」 「そうだな」 「今日は、これからどうするの?食事は?」 「ああ、えっと……」 「出かける」  階段の下から、強く通った声で、和田の問いに答える声。自分の返事の前に、純太郎が答えたのだと気づいて、びっくりして手すりから下をのぞく。  そこには車にいたはずの純太郎がいて、階段を和田の後を追いかけるように登ってきた。さっきは何も言っていなかったのに、わけがわからない。和田の隣をすりぬけて、要のそばに純太郎が歩いてきた。 「早くしろ」 「はぁ?なんですか、それ」 「あの、失礼ですが」  純太郎がその声に振り返り、聞いたことのない和田の改まった声に要も驚き、思わず和田を見た。 「和田?」 「俺は、和田拓海といいます。要とは同じ大学の出身で一緒に上京してきた友人です。貴方はどちらさまですか?」 「森中純太郎」 「そういうことではなく、要とどういう関係の方ですか?と聞いているのです」  まるで熱血教師が不良に立ち向かっているかのように、和田の声は熱く鋭かった。その問いに、純太郎は答えなかった。  そういわれてみれば、自分たちの関係は、なんだろう。知り合い、他人、兄の友人、課長の友人?取引先の人?それはもう今では違う。 改めて聞かれると、要も返事に困る。 「どうしたんですか?どういう関係か、言えないんですか」  食い下がる和田に、いつまでも口を開かない純太郎。なんだか和田がいつもの和田ではない気がして、不安がよぎる。 「和田、また連絡するから」 「要、俺はこの人に聞いてるんだ」
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