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忠司は名前を呼ばれ、塾の講師からテストの答案用紙を受け取った。算数は90点。前回は96点だったのに、落ちている。
忠司は重い気持ちでテストを持ち帰った。家の戸を開け、リビングに入ると、母がテレビをつけたまま雑誌を広げていた。
「おかえり。今日、テストの返却日だったでしょ?何点だった?」
忠司は真顔で母を一瞥したあと、テストを取り出した。母は雑誌から顔を上げ、テストを受け取る。「90点…」と呟いた。
「前回より下がってるじゃない。どうして?」
忠司の思った通りの展開だ。テストの点数が下がったのは、自分では手を抜いたからだとは思わない。ただ、前回よりも苦手な分野だったのだ。それなのに90点も取れたのは、むしろ上出来だと思う。しかし、母にそれは通じない。
「べ…勉強不足だったから………」
母は大きくため息をついた。
「まったく。まだ勉強不足で点数が取れないなんて、今まで何をやってきたのかしら。前回もそう言ったわよね?早く復習しなさい」
半ば乱暴に机の上にテストを置き、母はテレビへ目を向けた。テレビの中では、お笑い芸人がゲームに失敗し、巨大な水槽の中に転落したところだ。ずぶ濡れになった芸人は、周りの人に笑われている。とても楽しそうな笑い声だ。
何が楽しいんだ、あんな番組。
水槽の底には足がつかない。一歩間違えたら大事なのに、何を笑っているんだ?一人の人が苦しんでいるのに、何が面白いんだ?
「じゃあ木ノ本、ここを答えろ」
翌日の算数の時間、あ、と忠司は思った。昨日の宿題は、結局やらなかった。まだ手元に教科書は戻ってきていない。ノートは板書を写しているだけだった。
「木ノ本?」
忠司はゆっくりと席を立つ。こめかみをツーと汗が流れていく。何か、何か言わなきゃ。
「あれ、もしかしてわからないの?秀才木ノ本くぅん?」
にやにやと笑うクラスメイトと目が合った。あいつらだ、と直感的に思った。あいつらが、僕の教科書を隠したんだ。
「木ノ本、俺、昨日誰かに見せてもらえって言ったよな?もういい、席につけ」
「他にわかる人ー?」と先生が聞く。忠司はゆっくりと椅子を引き席についた。
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