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家の扉を開けると、何やら怒鳴り声が聞こえる。リビングからだ。少し開いていた扉から覗くと、もう父が帰ってきていた。
「だから、彼女とは何もないって言ってるだろう」
「嘘よ!この間だってLINEに顔文字がついていたじゃない!」
「顔文字くらい普通だろ!」と言い返す父の声を背に、忠司は自室に行って塾の用意をした。そして、まだ怒鳴り声が響く家をひっそりと出ていく。
もうやだ、こんな生活。
ふと顔を上げると、まだよちよち歩きの子どもを真ん中に、親子3人が手を繋いでいる。とても幸せそうで、とても羨ましい。
ふと右を見ると、女子高生たちがゲームセンターのUFOキャッチャーの中を指差して笑っている。僕もあんな友達がほしい。あんな友達が……。
ふとその上を見ると、雑貨屋やら洋服屋やらが入っていて、結構高いビルになっている。視界が歪んでいく。
こんな僕、生きてる意味あるのかな?
親の期待にも答えられない、人とも上手に関われない、僕なんか。
何よりも、こんなつらい人生、歩む価値なんかあるのかな。
忠司の足は、自然とビルの中へ向かっていた。エレベーターに乗り、最上階に着く。エレベーターのすぐ隣には非常階段があるが、それより上は鎖が通せんぼしていて、下へしか進めない。それでも今の忠司は、上へ昇りたかった。
忠司は鎖を潜り、暗い階段を昇る。小さな足音には誰も気づかない。やがて、大きな扉の前に来た。横開きの鉄製の扉は施錠されておらず、重いながらも簡単に開いてしまった。外から冷たい風がなだれ込んでくる。忠司は身を押し出すように屋上に出て、フェンスにしがみついた。
ここから…ここから飛び降りれば、楽になれる――。
泣きながらフェンスをよじ登った。フェンスの一番上で見た景色は、ネオンが色鮮やかに輝き、それはそれは美しい宝石箱のようだった。
僕は、あの宝石箱へ飛び込んでいく。煌めく、輝かしい場所へ――。
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