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フェンスを蹴り、目を閉じて、文字通り飛び込んでいった。まっ逆さまになる身体。人は死ぬときに走馬灯を見るというけれど、忠司の頭の中は真っ白だった。
「まだ、死ぬのは早いからね」
突然の声に驚いて、忠司は慌てて目を開いた。忠司と向かい合うように、まっ逆さまに落ちている少女がいる。パーマをかけているのか、癖っ毛なのか、落ち着かない長い髪の少女は、地元の高校の制服を着ていた。
忠司はあんぐりと口を開けたまま何も言えなかったが、彼女を知っていた。さっき、UFOキャッチャーのところにいた女子高生のうちの一人である。
「私が、救い出してあげる。必ず。あなたを」
その声を聞いたとき、もう地面はそこまで迫っていた。
*****
桃は人目につかないビルとビルの隙間に、そっと忠司を置いた。忠司は気を失って、ビルの壁にもたれかかっている。
なんて寂しそうな鬼だったんだろう。世界中の孤独を、一人で背負ったような鬼。
「……つらかったね」
桃は忠司の額に口づけをした。
その瞬間、桃の身体中を電流が走るように鬼の気配が駆け巡った。忠司の鬼は確かに退治した。しかし、まだどこかにいる――。忠司の身体に、鬼の気配が染み付いている。桃はまさか、と思い、街へ飛び出た。
ああ、やはり。近づく程に強くなっていく、鬼の気配。それは、忠司の家から流れてきていた。
母親だ。忠司の母親にも、鬼が住み着いている。桃は刀を抜き、刃を額に軽く当てて目を閉じた。
再び目を開くと、そこは洞窟のような場所だった。鍾乳洞のように、鋭く変形した岩が下からも上からも生えている。母親の心の中である。前方の暗闇から、低く轟くような声が聞こえた。
桃は静かに前を見据える。ゆっくりと明らかになるその姿。頭に角が二本。茶色い肌をした鬼は、桃の十数倍もある。母親の鬼は牙を剥き出しにし、爪も長く鋭い。
「…そんなにたくさん、何を溜めてきたの?」
桃が問いかけると、鬼はその手を上げ、桃に降り下ろす。桃は瞬時に退いた。
桃は地面を蹴り、鬼に向かっていく。手前で大きく飛び、刀を頭の上で構えた。
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