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――ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ
頭蓋骨を揺さぶるような雄叫びを鬼が上げた。桃は体勢を崩し、間一髪角を蹴って鬼の横へと着地した。なんだ、今のは?そう考えている間に、ギロリと鬼の視線が桃の方へ向く。しまった、と思った時には遅かった。
鬼の爪は桃の脇腹と太股を切り裂きながら後方へ飛ばした。壁に強く背中を打って、倒れ込む。立ち上がろうとするが、傷が激しく痛み呻き声を出した。まだ、頭蓋骨に響くような雄叫びは続いている。
その雄叫びの中に、別の声を聞いた。何を言っているかはわからない。桃は耳を澄ませた。
――母さん、見て!100点取ったよ!褒めて!
――忠司がかわいそう?私だって勉強の成績で母に認められてきたのよ。なぜ、この育て方が違うと言われるのかしら?他にどんな育て方があると言うの?
――どうして他の女とLINEしてるのよ!私を見て!私だけを愛してよ!!
それは、母親の想いだった。
「うう……っ」
傷が痛むのを腕の力でカバーするようにして、桃は身体を起こした。しかし立ち上がるには、もう一息必要だ。その場に座ったまま鬼を見ていた。
「あなたは……そのままのあなたは、誰にも愛されてこなかったんだね。あなたも、寂しかったんだね」
鬼は雄叫びを止めない。尖った岩を崩しながら、一人暴れていた。
桃は再び立ち上がろうとした。しかし、足がついてこず、手を付いて四つん這いになった。ああ、今ならあの鬼の気持ちがわかるのに。しかし、行くのも退くのも桃だけの判断でせねばならない。
――私しか、戦える人がいないのだから。
桃は上半身を起こし、刀を額に当てた。目を閉じて、母親の心の中から出ていった。
*****
松に囲まれた中庭で、キンッと刀が交わる。暫くせめぎ合った刀は、互いに弾き合うように後方へと退いた。
「桃、休憩にしよう」
袴を着た桃は、同じく袴姿の力と対峙していた。刀を構えたまま、力に「いいえ」と首を振った。
「あの母親の鬼を討たねば、また同じことが繰り返されます」
あれから3日が経過していた。脇腹と太股の傷も良くなっている。
忠司の鬼は、母親の鬼あってこそ生まれたも同然だった。母親の孤独を救い、母親が愛され愛さねば、また忠司の中に鬼は巣くう。
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