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「だから…私は…」
力はふっと笑った。
「桃よ。お前は、お前の父がどんな鬼にやられたか覚えているか?」
桃は突然の問いに困惑しながらも、首を横に振った。ただ、覚えているのは父がこの家の敷地内にある井戸から見つかったということ。力は、「…負けたか」と呟いていた。
「鬼は、人の負の感情から生まれる。人の心を食いつくした鬼は、その者を死へと導く。それが自殺だ」
「…父は……」
口を開きかけた桃の言葉を遮って、力は続けた。
「この仕事は、上手くはいかぬ時もある。時には、自分自身と戦わねばならぬ時もある。母親の鬼と戦う前に」
日に照らされて、桃の影が伸びてゆく。その影の頭部に二つの突起がついていることに、桃は気づいていなかった。自分の影など、見る余裕もなかったのである。
「お前は、今がその時なのではないか?」
ドクンと心臓が鳴る。突然床が抜けるような感覚に陥り、桃は一瞬意識が飛んだ。
気がつくと、周りは黒い霧に包まれていた。どちらが前なのかもわからない。
父は、父自身の鬼に殺された?私は、今がその時?
刹那、背中に気配を感じて振り向いた。桃の十数倍もある鬼。その頭には闘牛のような少し湾曲した角を生やし、手には刀を携えていた。
これが、私の鬼――。
ヴオォォオン!と咆哮する鬼は、その刀を桃に振るった。桃は跳びはね、斜め後方へと着地する。続けざまに鬼のもう片方の手が桃に向かっていたのを、見逃していなかった。桃はそれも交わし、鬼の左側へと移動する。それから走って鬼の背後へついた。
「スキありっ!」
鬼の背中を切りつける刃。鬼は叫喚し、一瞬怯んだように見えた。しかし異変を感じて、桃は後ろへ引いた。
背中が、激しく痛んでいる。
ゆっくりと鬼は振り返る。そして、再び刀を振るう。桃は避けつつ、鬼の下へ潜り込んだ。そして、その足を浅く切りつけた。
桃の足に血が滲んだ。鬼の足にも血が滲んでいる。桃に鬼が向かってくる。桃はサッと飛び、鬼の肩を足場にして向こう側へと着地した。
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