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鬼につけた傷は、自分に返ってくる。そんなことは、初めてだった。
「なぜ…そんなことが起こるの」
鬼は構わず向かってくる。逃げていても埒が明かないのはわかっていたが、どうすればいいのかわからなかった。
刀を避けたかと思うと、もう片方の手が襲ってくる。間一髪避けたかと思った時、刀が真上から降ってきた。
ガッ
桃は右手で刀の柄を持ち、刃に左手の平を添える形で鬼の刀を受け止めた。しかし、そこから動けない。押し潰すかのごとく、鬼の刀はジリジリと重さを増していった。
刀はミシミシと音を立てる。塞ぎかけていた脇腹と太股の傷が痛みだし、脂汗が額に滲んでいく。刀が左手に食い込み、血が流れ出していた。
限界を感じ始めていたとき、突然受け止めていた刀が軽くなった――不思議に思う間もなく、鬼の刀は桃の腹を突いていく。
「ああっ!!」
桃が叫び声を上げたのと同時に、鬼も叫び声を上げた。見ると、鬼の腹からも血が吹き出している。鬼はうずくまり、悶えていた。
あの鬼も、私を傷つければ自分も傷つくんだ――。
そう思った瞬間、ハタと気がついた。あれは、桃の鬼なのだ。桃の負の感情から生まれ、今までも桃の心のどこかにいたのである。
お前はどこにいた?何にそんなに苦しんでいた?
鬼はゆっくりと息を吐き出しながら、先程よりも鈍い足取りで桃に近づいていく。桃は刀を支えにして、よろりと立ち上がった。
行くのも退くのも桃の判断である。しかし、ここで倒さねばならない気がしていた。ずっと、誰にも気づかれず存在し続けていた鬼を――。
桃は身体の正面で刀を握る。鬼は恐らく人の言葉が理解できない。歩調を変えずに、迫ってくる鬼。それを見ていたら、自然と涙がこぼれていた。
――ああ、孤独だ。
こんな時にじいさまがいれば、私に何かアドバイスをしてくれただろう。あるいは、共に戦ってくれる仲間がいれば、こんな怪我を堪えなくても良かっただろう。
あの母親の鬼からも、逃げなくて良かっただろう。あの母親の気持ちを受け止め、倒すことができただろう。
でも、人の心の中に入れるのは、この刀を手にしたただ一人だけ。
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