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「………お前は、私なんだね」
桃は、静かに言った。
「お前の痛みは私の痛みだ。一緒に、傷つこう」
桃はゆっくりと走り出した。だんだんと加速するにつれて、腹の痛みなど忘れていく。鬼の刀が降り下ろされる。刀が桃の足下を裂くのとタッチの差で跳ね上がり、顔の左側で刀を構えた。
「うおりゃあああああ!!!」
鬼の右肩から左の横腹まで、斜めに切り裂いていく。
「グアアアアアアッ!!!」
鬼の絶叫が鼓膜を突き破らんばかりに響いた。
――カラン……………
――桃の手から、刀が落ちる。仰向けになった鬼の胸の上にうつ伏せになった桃は、薄く目を開いていた。
鬼の鼓動が聞こえていた。ああ、鬼って生きているんだと、初めて知った。
「……つらかったね」
まるであの日に少年にかけたのと同じように言い、その身体を撫でた。鬼の身体から流れ出す血と桃の身体から流れ出す血が混じり合い、地面を染めていく。桃は、なんだか温かいな、と思いながら目を閉じていった。
*****
気がつくと、桃は座敷に寝かされていた。身体中には包帯が巻かれ、起き上がろうとすると鋭い痛みが走った。
「まだ、動くのはやめなされ。傷が開く」
力が強く言うので、桃は仕方なくまた天井を見ながら寝転がった。
「じいさま」
桃が呼ぶと、力は桃の横に座りぽつりと言った。
「…自身の鬼を倒すには、自身の苦しみを理解する必要がある。一には、それができなかった」
開け放たれた障子の向こう側で、風が吹いた。木々が揺れ、葉が擦れ合う音が沈黙を埋める。
「苦しみを持たない人間など居はせん。自身が刀を受け継ぐ者であることに固執して、自身の鬼を見過ごす者に、他人の鬼は斬れんのだ」
桃は、静かに聞いていた。自分の中に、一人で戦う孤独が眠っていたなど、全く気づいていなかった。それはきっと忠司やその母親も同じで、人間の負の感情は、知らぬ間に生まれて育ってゆくことがある。
「自身の中の鬼を倒すには、痛みが伴う。しかししっかり向き合えば、退治も可能となる」
桃は、鬼を撫でた右手を見てみた。まだ、鬼の硬い感触が残っている。
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