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「携帯でいいのね。連絡したら、すぐ来てよ!」
「はい。お嬢……明日香さまも、あまり遅くなりませんように。今日は、夜八時に日本橋の呉服屋『きぬや』がお屋敷に参ります。それまでにはお戻りいただきませんと――」
「わかってるわよ! しつこいな、もう!」
まだなにか忠告したそうな龍太郎に、明日香はぷいとそっぽを向いた。
「今度迎えに来る時は、絶対にこんなロールス・ロイスなんかで来ないでよ! もっと目立たない、お洒落なヤツ用意して。でなきゃあたし、龍の運転する車になんか二度と乗らないから!」
「だけど、明日香も無茶ばっか言うよねえ」
季節限定・洋なしのスイーツを口に運びながら、橋田志保子(はしだ・しほこ)があきれたように言った。
駅ビルの四階にある、アメリカンスタイルのコーヒーショップ。ラテやデザートカフェのほか、女性が好みそうな可愛いスイーツのラインナップが人気のフランチャイズチェーンだ。
午後三時を回れば、駅を利用する学生や買い物帰りの女性客などで店内はいつも満員だった。
その片隅に四人掛けのテーブル席を確保し、明日香は、橋田志保子、上村知美(かみむら・ともみ)の二人の友人とともに、お気に入りのレアチーズケーキ季節のフルーツソース添えをせっせと口に運んでいた。
「さっきの運転手さん――高瀬さん、だったっけ」
「違う。龍はパパの私設秘書。運転手もするけど、専門のドライバーさんは別にいるもん」
「あ、そう……。ま、秘書でも何でもいいけどさ。あの人、仕事中だったんでしょ? それをわざわざ蓮女の校門前まで呼びつけて、なのに、乗ってきたクルマが気に入らないから帰れって、それ、ヒドくない?」
「え、そーお?」
白々しい返事をしたものの、明日香は目元から耳あたりをうっすらと紅く染めた。
確かにちょっと、わがまま過ぎたかもしれないとは思う。
――でも、本当に忙しくて手が離せないなら、龍だってちゃんと「無理です、行けません」て言って断ったはず。そうしないで素直にここまで来たんだから、きっと事務所が暇だったのよ。
だから……いいの!
「いいのよ。だって龍はずっと――あたしの世話係だったんだもの」
明日香は一瞬、頭の中で言葉を探し、もっとも無難そうな単語を選び出した。
「世話係? あのおにーさんが!?」
「家庭教師とか、ボディガードみたいなもん?」
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