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着ているスーツも手にした杖も、派手ではないけれど、きっと目玉が飛び出るような金がかかっているだろう。
来賓室全体がこの老人ひとりの存在感に内側から圧迫され、ぎしぎしと軋みをあげているようだ。
老人は無遠慮に、龍太郎の全身を頭から爪先までじろじろと眺めた。
「話は聞いている。親から虐待されて、ここへ来たそうだな」
龍太郎は小さくうなずいた。
正確には母親と、その同棲相手の男とにだ。実の父親はどこの誰かもわからない。
龍太郎がものごころついた頃から、母の元には複数の男が出入りしていた。
あの時の男と一緒に暮らし始めたのは、龍太郎が小学二年の時。
その直後から、龍太郎への暴力が始まった。
母は息子をかばおうとはしなかった。反対に龍太郎の世話を放棄し、食事もろくに与えなくなった。
そして男に肋骨を折られたのをきっかけにようやく虐待が明るみに出て、龍太郎は愛育園に入所することができたのだ。
以来、母とはまったく連絡を取っていない。施設の職員も、母の連絡先をもう把握できていないようだ。
龍太郎も、母の元に戻るなどまっぴらごめんだった。
あばらを折ってくれた男のほかにも、龍太郎に暴力をふるった母の「ボーイフレンド」は何人もいた。
母とともに暮らした八年余りは、お世辞にも人間の生活と呼べるものではなかった。
「ここでの生活には、満足しているか?」
老人はまっすぐに龍太郎を見据えた。
「はい」
ひるむことなく、龍太郎もその目を見返す。
返答に嘘はない。
ここにいれば毎日きちんと食事ができる。学校にも通える。服や靴、学用品などのほとんどが見知らぬ誰かが寄付してくれたリサイクル品であっても、文句はない。
施設で暮らしているからと悪意のあるいじめや嫌がらせをする連中は、一発ぶっ飛ばせばたいがい黙った。もちろんそのあとに、「親に言ったらもう一発くらわせるぞ」と付け加えることも忘れない。
同様に、愛育園に暮らすほかの子どもたちを守ってやることもできる。
なにより、理由のない暴力で命を奪われる危険が、ここにはない。
「でも、できるなら一日でも早く、ここを出たいと思っています」
老人は一瞬、いぶかしげに眉をあげた。
が、それ以上はなにも言わない。龍太郎が自分で説明するのを待っているようだ。
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