第1章

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「おれはもうでかいから……。おれの食費一人分で、小さい赤ん坊なら三人は食わせることができます」  増え続ける児童虐待や育児放棄で、児童福祉施設はどこも満杯だ。  ここも定員を超える子どもたちを受け入れている。  たしかに園長はじめ職員たちは、子どもらに実の親にもまさる献身的な愛情を注いでいる、というわけではない。あくまで職務だ。  けれど実の親に殺されるくらいなら、赤の他人に義務的に育ててもらうほうがどれだけましだろう。  そして、中学を卒業するまでこういった福祉施設に残る子どもは、実は意外と少ない。  施設で数年暮らしたのちは、冷却期間を置いて親側の問題も解決したとして親元に戻されるか、あるいは親戚の家などに引き取られることが多いのだ。  だが龍太郎の場合、母親はすでに音信不通だ。父親の名は戸籍にも載っておらず、親類縁者など捜しようもなかった。  愛育園の職員も区役所の担当部署でも、この数年、手を尽くして探し続けたにもかかわらず、龍太郎を引き取ってくれる家庭は見つからなかった。  家族のぬくもりを知らないことも、学校など施設の外で「親に捨てられて、可哀想に」と哀れみと優越感を込めた視線を向けられることも、たいしてつらくはない。  だが、だからこそ思うのだ。  自分は一日も早くここを出て、どこかで助けを待っている赤ん坊に席を譲ってやるべきではないのかと。  今なら、たとえあの母親のもとへ送り返されたって、黙って殺されることはないだろう。  母の男が龍太郎を殴るなら、同じだけ殴り返してやれるはずだ。   「おまえがここへ来た時の事情は、おおよそは園長から聞いている。義理の父親からの虐待であばらを折られ、小学校から救急車で病院に担ぎ込まれたという話だったが……」  龍太郎は黙ってうなずいた。   「ということはおまえ、朝、家を出る時にはすでに骨折しとったのか」 「はい」  老人は一瞬、いぶかしそうに眉を寄せた。 「なぜそんな無茶な真似をした。まさか、骨折の痛みに気づかなかったわけではあるまい」 「――家で寝てたら、殺されると思ったからです」  龍太郎はわずかにうつむき、唇をかみしめた。    あの時の無力感、理不尽に傷つけられる痛み苦しみ、そこから逃れるすべもない絶望感が、今になってもありありと胸の中によみがえる。  
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