第1章

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 射抜くような老人の目からけして視線をそらさないまま、龍太郎は答えた。  老人が、なんの見返りも期待せずに龍太郎の援助をしてやる、などと言い出したら、けして信用しなかった。無償の善意とやらを信じられるほど、幸せな育ち方はしていない。  だがこうして最初から条件を提示されるのなら、納得がいく。    老人の言う仕事とやらがどんなものなのか見当もつかないが、とりあえず話を聞くくらいのことはしてやってもいいだろう。   「簡単ではないぞ。私は今まで、この仕事のために何人もの少年を屋敷に入れたが、みな勤まらず、すぐに出ていく羽目になった」 「やってみなければわかりません」  なにより、自分はまだその仕事を引き受けると言った覚えもないが。 「いいだろう。では、ついてきなさい」  老人は杖をつき、静かに歩き出した。龍太郎と園長の横を抜け、来賓室を出ていく。ダークスーツのお付きのひとりが音もなくその後に従った。    残るお付きの男に「行け」と眼でうながされ、龍太郎もあわてて後を追った。 「失礼します」  廊下に出て、来賓室のドアを閉めようとした時。残った男が園長に話しかけているのが聞こえた。 「では、彼の退所の手続きを。――ええ、万が一御前の元を出ることになっても、こちらでしかるべき身元引受人を捜します。彼がこの施設へ戻ることはもうありません……」  ――そうか。おれはもう、ここへ帰ってくることはないのか。  龍太郎は黙って、重たく軋むドアを閉めた。  六年間、ともかくも安全に暮らしてきた場所。力のない自分を守ってくれた、避難場所のようなところだった。  今日、そこを出る。  たとえこの先、なにがあっても。  もうここには戻ってこないんだ。  そう思っても、不思議となんの感慨も湧かなかった。ただ、ひどく当たり前の事実だけをあらためて思い知らされた気がした。  ――ここはもう、俺にとっては必要のない場所だ。そして俺も、もうここにいてはいけないんだ。  これでいい。あとはただ、自分自身の力を信じるのみだ。  龍太郎はきゅっと唇を噛み、そしてずかずかと大股で歩き出した。  来賓室を出ると、龍太郎はそのまま駐車場に停めてあった黒塗り外車の一台に乗せられた。 「荷物はないのか」  後部座席の隣には、さっきのお付きが乗り込む。
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