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母屋は戦後まもなく建築されたという数寄屋造りの平屋建て。が、並みの二階建て住宅くらいの高さはゆうにあるだろう。白漆喰の壁は年月を経てやや輝きを失い、屋根を葺く黒瓦も色褪せているが、それが長年の風雨に耐えた重厚な品格を醸し出している。
渡り廊下で結ばれた離れはアールデコ様式の美しい洋館だ。今はほとんど使われていないが、かつてはGHQに接収されていたこともあったという。
見事な回遊式の日本庭園は、広い池と小さな人工の滝まで備えていた。洋館を取り囲むあたりの庭は英国風だという。
もちろんそんな解説は、龍太郎の耳を右から左へ素通りだ。
――なんだ、これ。……どこだ、ここ。テレビかなんかのロケセットじゃねえのか?
これまでテレビの中のものとしか認識していなかった別世界を目の当たりにして、龍太郎はぽかんと口を開け、棒っきれのようにただ茫然と立ちつくすしかなかった。
「こちらだ。来なさい、龍太郎」
玄関から続く長い廊下。暗がりに溶けて端も見えないその廊下で、この屋敷の主人、柴 鴻一が龍太郎を手招きしている。
「この子だ」
そして引きあわされた、ひとりの少女。
まだ三つか四つ、ようやくおしゃまなおしゃべりが始まったばかりの。
真っ白いうさぎのぬいぐるみをしっかり抱えた、小さな、可愛い女の子。
まるでこの子自身が、良くできた等身大の美しい人形のようだった。
いや、それ以上のもののように、龍太郎には思えた。
ほの暗い闇の中に、白く、浮かび上がるように。
こんな子が――こんな子が、この世にはいるのか。
この屋敷の廊下がこんなに薄暗いのは、ここにあるべき光をみんな集めてこの女の子を形作ったからではないのか。そんなことさえ思ってしまった。
「これからおまえは、この子を護るのだ」
低く、嗄れた声で老人が言った。
「この子が傷つかぬよう、道を誤ることのないよう、全身全霊を持って護りぬけ。この子が成長し、一人前の女となり、やがてしかるべき男のもとへ嫁ぐまで。おまえが護るのだ」
その言葉が、龍太郎の五体に浸透していく。
目がそらせない。目の前に立つ、この小さな少女から。
少女はなんのことかわからない、というようにただじっと龍太郎を見つめていた。
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