第1章

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 長い黒髪には綺麗な光の輪が浮かび、白い肌は磁器のようだ。きゅっとつぐまれた、花びらのように紅い小さな唇。長いまつげにふちどられた宝石のような眼が、まっすぐに龍太郎を見上げている。恐れもなく、ためらいもなく、子どもらしい純粋な好奇心のままに。 「だぁれ?」  こくびを傾げ、龍太郎に問いかける、細い声。  それが、柴 明日香(あすか)だった。    ACT 1   お嬢さまの下僕(げぼく) 「だから、なんでこんな車で来るのよ! あたしはちょっと友達と駅前のカフェでお茶したいから、車で送ってって言っただけでしょ!」  明日香は目の前に停車した黒塗りの外車を指さした。  ロールス・ロイス・ファントムEWB。ボディは磨き抜かれてぴかぴか、傷ひとつない。    エコカー全盛の世の中で、いまだにこんなんに乗っているのはよっぽどの外車マニアか、「なんでもデカけりゃエラいんだ!」がポリシーの成金じいさん、さもなきゃ……非合法暴力組織の上部構成員だ。    おまけに運転席から降りてきたのが、身長186㎝、びしっと仕立てた細身のダークスーツに黒のレイバン、硬い髪を短めに切り揃えた強面のおあにイさんとくれば。  ――そりゃ、わかってるけど。龍(りゅう)の髪が実はタワシみたいに硬くって、下手に伸ばしたりしたらハリネズミみたいになっちゃうって。  渋めのスーツだって、仕事で必要だから着てるだけ。悪い方向に似合いすぎちゃってるのは、龍のせいじゃない。  ――でも! 「お嬢さま」 「その呼び方、やめて!」  そんな呼ばれ方をした日には、道行く人々までが「あれがヤクザのお嬢か、未来の極妻か」とあらぬ疑いの目を向けてくる。  私立青蓮院(しょうれんいん)女子大学。  附属の中学、高校を持ち、都心から少し離れた緑多い学園都市にあるそのキャンパスは、指折りのお嬢さま大学として知られる。  口の悪い連中は「花嫁修業大学」とか「腰掛け女子大」などと陰口をたたく。実際、学生の三分の一近くは卒業しても就職せず、早々と結婚してしまう。  キャンパス内はさながらブランドの見本市だ。  学生用の駐車場には若葉マークの高級車がずらりと並び、講義が終わる頃には、お嬢さまをデートに連れ出すカレシたち――一昔前ならアッシー君などと呼ばれただろうが――のスポーツカーが門前に列をなす。
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