ep.1 KoonCity

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ノースリーブのパーカーにカーゴパンツがいつものスタイル。タオルを首に掛けて錆が目立つ薄い鉄板で作られたドアを開けると、芳醇なコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。 錆び付いた手すりの眼下には、薄汚れたキッチンと擦れすぎて裏地が出始めたソファに工具やピザの箱などが乱雑に置かれたテーブル。 そして、コルベット純正ブレードシルバーメタリックに塗られた、オーストラリア製の派手な4ドアハイパフォーマンスセダン、HSV Gen-F2 GTS。 ホイールはHREのRC100、ストックのウイングを外し、そこにローマウントのGTウイングを装着。ボンネットからルーフと繋がる黒をテールまで引っ張るような纏まりが出来ている。 エキゾーストはステンレスで、四本出しのテールエンドはゴールドに焼きが入っている。 「リョウ、原因は分かったか?」 CFRPのボンネットを開け、リョウ・モリサカはボンネットの真ん中に鎮座するスーパーチャージャーを取り付けていた。 長袖Tシャツの袖をまくり、デニムで弄る彼はコーヒー好きなブラジル生まれの日系人だが、短い髪と彫りの深いワイルドな顔立ちはアジア系らしくない。 短く切った黒髪は若いときかららしいが、整えられた顎髭は30代に入ってから伸ばしたらしい。 「おはよう、リオ。回転がもたつくのはこいつが原因だった」 リョウから投げ渡されたのは一本のプラグ。黒く煤けたプラグの根元にヒビが入り汚れで染まっていた。 「どうりで。ここからリークして失火してたわけか」 「そういうこと。V8だから分かりにくいけどね。念のため、全てのプラグを新品に交換したよ。もう少しで作業が終わるから、先に朝食に入っていてかまわないよ」 外からまたエキゾーストが重なっていた。今度は四気筒と六気筒の直列。日本車のようだ。 携帯が鳴った。クーンシティでしか通じない携帯は、住民間の重要な連絡手段である。某スマートフォンに似ているのは非常に癪である。 「リオだ。……分かってるよ。いつもの所だろ? ああ、昼に」 通話を切る。そしていつもの日常が始まる。麻薬にとりつかれた異常な日常が。
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