二章 調査

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しかし研究内容を秘密裏に行っていたために、平本の真意は謎のままだった。 またワクチンの材料とされる猫のモカの行方も不明である。 A305の駆除はすんだと公表されるものの人々には不安がつきまとっていた。 危機感から数百名が月面移住を試みた。審査を経て合格した者が行ける月と誰でも行ける火星に逃げ出したのだ。 地球の人口は益々減った。 取り残された科学者と指揮を執る政治家、親の居ない子供たち。老人。ゾンビとなった人々が収容されている特区。いまの日本に全盛期の姿は見当たらなかった。 寂れた屋外、穴だらけのアスファルト、傾いたビル。廃墟という言葉がふさわしかった。 風はどこまでも吹き抜け、日の光は照り付ける。 この何もなくなった日本の片隅に生き残ったバーがある。 バーにはママがいる。 ママは名前を名乗らない。バーが起動に乗る前から自分の素性を明かすことはなかった。 バーの入口に飾られている看板には控えめな文字で「幻」とかいてある。 げん。まぼろしと書いてそう読ませる。バーはたしかに幻のような存在だった。ビルとビルの陰にある。野良犬や野良猫しか集まりそうのない細い路地だ。ぽつんとあるので目を凝らさなければ発見できない。それでも葉月は負傷したときにこのバーに転がり込んだのだ。
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