二章 調査

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葉月は視線を落とす。 グラスの中に入ったウオッカは少しも減らない。 「一回、入ったのよね」 ママと出会ったときのことだ。 「古傷に唐辛子塗られてる気分だ」 「そんなに冷たく言うんじゃないの。死にかけてたのをこれでも一生懸命に介抱したのよ」 「だからこうして客になってあげてるんだよ」 「あらら、随分言うようになったわね」 ママは笑ったが葉月には笑えない。 特区の中に入ったことは認める。 ただ特区の中は地獄だった。 ゾンビとして生活するものは良いのかもしれない。生身の人間たちは死ぬこともできずにいた。生きながらゾンビに襲われ、蹂躙され、殺される光景の一部は葉月のトラウマだった。それに加えて最近、友人を殺したことに罪悪感は消えない。ミサの前では飄々と振る舞えても隼人の言葉は、葉月に突き刺さっている。 店に由ったのにもそうしたことを忘れたかった節がある。呑んで忘れたかった。墓すら作ってやれないことに葉月の心境は揺れる。気をまぎらわせようとウオッカを飲み干す。 「もう少し味わいましょうよ」 ママが呆れた。 「いいんだよ。そろそろ出るから」 「あら、もうお帰り?」 「いい情報貰ったし。その奇妙な客が着たら連絡ちょうだいよ」
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