三章 A305

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「月も火星も情報を寄越さない。わかっているのは派遣で送ったヤンクルが帰れなくなったと連絡してきたきり、音信不通になっていると言うことだけだ」 「危険なことになっている。そんな予感しかしませんが、A305のワクチンを作れそうな人物は夕霧博士しかいないようなきがします」 「しかし、平本博士の手記もあった。誰かが作ることは可能だ。ただその材料がモカ──飼い猫となると早急に猫を見つけなければならない」 「そのモカが特区に入ったと連絡が来ていたじゃないですか。昨晩平面図が盗まれたときに」 「特区の向こうに行くのは我々では許可すら落ちないだろう」 総長が真顔で言い切る。 「政府はおかしいです。特区の向こうに人間は居ないんでしょう。なぜいかしておくんですか」 ミサは言いながら隼人を思い出す。理解はしているのだ。特区にも隼人と同じように意識がある人間が閉じ込められ、何時かワクチンで症状が緩和され、医療進歩で肉体が戻ると信じているものが居ることを葉月から聞いたことがある。ミサがまだ十五の時だった。ひどい怪我で動けなかったことがあったのだ。特区に侵入したこと知ったのは随分前のことであった。いまから八年も前になる。ミサは資料を持ち直す。 「永遠の愚問だよ。と、総理が言った」 黙っていたマグリッド総長がぽつんとつげる。
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