三章 A305

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葉月のことをミサは聞くだけで怖いと思う。 ミサが生まれるずっと前まではこのような世界ではなかった。 今ではフォログラムの中だけの平和な世界を平本に見せてもらった記憶がある。 少なくともビルは崩れていなかった。アスファルトの道には街路樹が並んでいた。川の水は濁っていたが干からびてはいなかったし、月は紅くはなかった。漁師が魚を取り、牧場や農場があり、店の密集地帯があった。今もうないものばかりだった。いや、中心街へ行けば店はある。けれども楽しげな光景を見ることはできなかった。ミサは資料を持ち直す。 「これの媒体となるものを探して殺すのね」 「核だな。虫なのかそれとも別の何かか」 「それを調べるのは誰なのかわかる?」 ミサは訊ねる。 「諜報部の連中だろうな。やっぱり俺たちじゃない」 葉月はきっぱりと言った。 そのわりに昔と変わらない悪戯な表情を崩さない。先程言っていた知り合いに話を聞く気しかないのだろう。そう思うとこの危険な世界を生きるには少し危機感が欠落しているとしか思えなかった。 「そんなに心配しなくていいよ。こんな世界なんだ死ぬときは死ぬ」 葉月の軽さはどこまでもミサを心配に追いやった。
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