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「犯人はもういないよ。佑真と彩香で喰ったじゃん。平本おじさんはもういない」
隼人は辛うじて動いた指で肉の塊を示す。
「そう、だっけ」
佑真の意識も通常ではないようだ。言葉に悲しみも怒りもない。淡々と冷淡な会話だった。そこにあるのは異常だけだった。
部屋を埋め尽くす異常のなかで隼人は歯を食い縛る。
こうなると死にたいと叫びたくなる。
思いでも走馬灯のように流れてくる。
「平本おじさんが死んでる。動機なんて分かるわけもない」
「ワクチンは?」
カーペットに座り込んだ彩香の数時間前まであった美貌は消えていた。着ているワンピースは破けている。彩香が自分で破いたのだ。理由など覚えていないらしい。底知れぬ異常が彼女を殺しにかかっているようだった。恐怖はどこかに消えているのだろう紅く濁った眼差しは笑っているように見える。恐らく彼女は笑っているという認識もないのかもしれない。虫によって爛れていく自分から逃げるように虚空を仰いだ。
隼人はといえばそんな彩香にかける言葉もない。
佑真に至っては彩香のことも隼人のことも空気のように扱い始めている。言葉は言葉にならず、屋敷は異様な世界になっていた。
「ワクチンは平本おじさんが持っているとおもう。生物兵器を作るときはワクチンを作るのが基本だって聞いてるよ。だけどもう無理だ」
隼人は首を振るような仕草をした。
どこまで腐れているかすら分からない。確認などしたくもなかった。
「俺達どうなるんだろう」
佑真は言った。
「俺が平本おじさんの研究室を覗かなければこんなことにはならなかったんだ」
そして続ける。
「平本おじさんの研究室は、俺達はおろか全てをぶっ壊す計画だったんだよ。こうなったのは俺のせいだ」
佑真は対に崩れ落ちた。足が潰れる。
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