40人が本棚に入れています
本棚に追加
雨が降っていました……
満開の桜を無残に散らしていきます。
その日、わたしは塾の帰りが、いつもより遅くなりました。近道の小さな天神さんのなかを通ったとき、あたりは、まっくら。人影もありませんでした。
いつもは夜桜のきれいな穴場スポットだけど、今夜だけは、なんだか、薄気味悪い……。
そんなとき、とつぜん、稲妻が走りました。
桜の木のもとを一瞬、青白く照らします。
わたしは思わず、悲鳴をあげました。
雷が怖かったわけじゃありません。
稲光のなかに、人の姿が浮きあがったからです。
それが、なんだか、とても恐ろしいものに見えました。
なぜなら……。
ぼうぜんとする、わたしの肩を、後ろから、誰かがたたきました。わたしは、もう一度、悲鳴をあげました。
「ごめん。ビックリさせた?」
その声を聞いて、また、ハッとします。
ふりかえって、三回めの小さな悲鳴をもらします。
でも、今度の悲鳴は、嬉しい悲鳴というやつ。
それは、一年のときから、あこがれていた、一学年上の先輩でした。
「東堂先輩」
「おれのこと、知ってるんだ?」
「知ってますよ。だって……」
ずっと、見てたからーーとは言えないので、とりあえず、
「だって、先輩は有名だから。全校生徒が知ってると思いますよ?」
それは、ウソじゃない。
アイドルみたいなキレイな顔立ち。成績もトップクラス。さらに、柔道部、剣道部、空手部を掛け持ちで、どれも府内ベストスリーに入るというスーパーマン。
「君は、えっとーー二年の子だよね?」
「宮原です。宮原さやか」
「そう。宮原」
先輩は急に、わたしのさしたカサのなかに入ってきました。そして、じっと、わたしの顔を見つめます。
なんだろう。告白されるんだろうか、なんて考えてしまうほど、ドキドキした数秒間です。
でも、先輩の言ったのは、ぜんぜん別のことでした。それは別の意味で、ちょっとドキッとする言葉でしたが。
「宮原。さっき、悲鳴あげたよね? なんか、見えた?」
恋のドキドキが、すっと、また少し薄気味悪いドキドキに変わっていきます。
そう。たしかに、見ました。
とても奇妙なものを。
桜の木の下で血を流す人影……だったような?
桜の幹に、もたれるようにして、眠るような表情にも見えたけど。
わたしは答えに困りました。
「……べつに、なにも」と、答えるまでに、数分はかかりました。
最初のコメントを投稿しよう!