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ごまかすために、わたしは言いました。
「先輩こそ、ここで何してたんですか? 髪、ぬれてますよ?」
もしかして、さっき稲光のなかに見えたのは、東堂先輩だったんだろうか?
何かの見間違いで、あんなふうに見えただけで?
「雨やどりだよ。急に降りだして」
境内にあるお稲荷さんの鳥居。これが桜の木の木陰になっています。東堂先輩は、ここで雨がやむのを待っていたようです。
「宮原、五条方面行くなら、送ってくれる?」
「いいですよ」
喜んで、アイアイ傘です。
先輩と、こんなふうに二人で話せるなんて夢のよう。そのあとの数分は、たぶん、一生の思い出になる、ひとときでした。
わたしのマンションの前につくと、「じゃあ」と言って、先輩は、かけだしました。
わたしは思いきって、ひきとめます。
「待って。このカサ、使ってください」
先輩は引きかえしてきて、また、わたしの顔をのぞきこみました。
「ありがとう。じゃあ、借りるよ」とカサを受けとり、かがみこんできます。
キスされたら、どうしよう。いや、いっそ、好きだって言っちゃう?ーーなんて考えてたのに……。
先輩は、やさしい声で、ささやきました。
「宮原は、もう、あの神社には行かないほうがいいよ。とくに、十年後の今日は」
ハッとしました。
さっき見た幻影が、脳裏に、よみがえります。
もしかして、先輩も見えたんだろうか?
そういえば、東堂先輩には、ちょっと、おかしなウワサがある。
占い……ってほどじゃないみたいだけど、助言が、よく当たるとか。先輩の助言を聞いて、事故をまぬがれたとか。テストのヤマカンは百発百中だとか。
たとえば、もっと霊的な力で、死んだ人が見える……とか?
そのせいなのか、わからないけど、東堂先輩の笑顔には、どことなく物悲しいような、かげりがある。
女の子は、みんな、そこに惹かれるんだけど。
わたしが聞きなおそうとしたときには、先輩はもう走りだしていました。
次の桜の季節、東堂先輩は高校を卒業していきました。けっきょく、わたしは告白することも、あの夜の話もできませんでした。
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