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あれから、十年たちました。
わたしは普通のOLになり、平凡に暮らしています。
去年の春に、大学時代の友人と再会しました。今の彼です。
わたしたちは来年、桜の咲くころに結婚しようと約束しました。つまり、今年の春に。
約束の日の前日、わたしは彼に呼びだされました。あの神社です。雨の夜、夢のような数分をすごした、あの思い出の場所。
桜が咲いています。
十年前のわたしが好きだった、少し怖いような夜桜……。
桜の木の下で、彼が待っていました。
「どうしたの? 急に」
わたしが声をかけたとき、ぽつぽつと雨が降り始めました。遠くで、カミナリも鳴っています。みるみるうちに、雨は激しくなってきました。
まるで、あの日の再現のように。
わたしは桜の木に近づいていきました。
稲妻が光りました。
彼の顔が青ざめて見えます。
雨のせいで、彼の髪は、うねっています。天然パーマなのです。
そんなところが、東堂先輩に似てるなと思いました。ほかは、とくに似たところはないのですが、ぬれた髪は、十年前の、あの雨の夜の先輩を思いだします。
わかっています。
たぶん、わたしは今でも、先輩に、あこがれています。だから、どことなく先輩に似ている人に惹かれるのでしょう。
だから、悪いのは、わたし。
彼を苦しめたのは、わたしなんだと思います。
今日、この場所に来ることが、どんな意味があるのか、もう、わたしには、わかっています。
十年前には、わからなかったけど……。
これが運命なら、わたしは甘んじて受けなければならないのです。
わたしが近づいていくと、彼はポケットからナイフをとりだしました。ああ、やっぱりと思いました。
しかたありません。
結婚二週間前になって、別れようなんて言えば、誰だって腹が立つでしょうから。
わたしは恨まれて当然なのです。
十年前のあの日、わたしが見たのは、桜の下に、よこたわる、血まみれのわたしでした。
写真のように、はっきりと。
彼がナイフをふりかざします。
わたしは目をとじました。
これで、あの日に帰れる……
もしかしたら、わたしは、それを望んでるのかも?
ところが、そのときです。
雨音が乱れました。
激しく水の、はねるような音がして、彼が、うなり声をあげました。ふりかざされたナイフは、いつまでたっても、おりてきません。
わたしは目をあけました。
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