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桜の下に、二人の人がいます。
一人は、彼。
でも、その彼の腕をとって、おさえているのは?
稲妻が走りました。
青い閃光のなかに、その人の姿が、くっきり浮きあがりました。
「東堂先輩……」
先輩は彼の手からナイフをもぎとりました。
そして、わたしをふりかえります。
「近づくなと言ったろ? こうなるのは、わかってたはずだ」
先輩は、おぼえていてくれたのです。
わたしのこと。
あの日、わたしたち二人で見た幻影を。
(とっくに忘れられてると思ってた……)
涙が、あふれてきました。
わたしは先輩にすがりついて泣きました。
先輩にとっては、ただの親切かもしれない。けど、それでもいい。この人のなかに、この十年、わたしは生きていた。記憶のかたすみに。それが嬉しかったのです。
そのあと、警察が来て、いろいろ聞かれました。
先輩は、ぐうぜん通りかかったんだと言ってました。わたしも、だまっていました。
十年前に、今日のこの日を見たんだなんて言っても、誰も信じてくれないでしょう。
去るときに、先輩は、そっと、わたしに渡してくれました。一枚の写真です。デジタルの日付は、十年後の今日です。
わたしは、その日も、ここの桜のもとにいました。
小さな女の子の手をひいて笑っています。とても幸せそうです。
そうか。これが、次の十年後のわたしなのか。
なら、もうちょっと、がんばってみようか。
子どもの父親が誰なのかは、わかりません。
それは、先輩ではないのかも。
でも、こんなふうに笑っていられるのなら……。
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