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大人しくなった俺に、那月は毛布をかけ直した。
その柔らかい感触を噛み締めて思う。
一方的な八つ当たりをして不和になり、会えないまま迎えた朝。
そのときソファで眠っていた俺に掛けられていたのも、この毛布だった。
「……おかしいだろ…」
「ん?」
彼の肩に身を任せ、俺は顔を見上げられないまま小さな声を落とした。
「なんで…、怒らないんだよ」
中庭で出会ったときから思っていた。
彼は俺に対して、よそよそしい態度を一切取らなかった。
今だってこうして、俺をどうにか休ませようとして傍にいる。
「…仕事や後輩のことで疲れていたお前に、あんな嫌味を言ったのに…」
嫌われる条件は十分に満たしているはずなのに、俺は今もなお彼の毛布と彼自身に包まれている。
こんなの不思議に思うどころか、優しさが底抜け過ぎて心配になる。
いったい那月は、どれほどにまで自分を押し殺しながら俺に接してくれているのだろう。
理不尽な扱いを受けたのだから、苛立ったり罵倒したって構わないのに。
「怒らないよ」
優しい声が聞こえた。
「怒る理由がないもの。だから兄さんに謝らせたいとも思っていないよ」
あっけらかんとしたその返事に歯痒さすら感じ、そっと見上げる。
躊躇いがちな視線の先には、目蓋を伏せて微笑んでいる彼がいた。
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