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「何でおまえが謝るんだよ…」
許す側が謝る。
その突飛な対応に動揺して、俺は思わず表情を曇らせた。
「兄さんが自分に非があるって言うのなら、僕にだってあるもの」
那月は首を傾げるようにして、戸惑う俺の顔を覗き込む。
そして愛嬌のある笑みを浮かべると、至極普通の口調で言葉を続けた。
「ずっと待っててくれた兄さんを放ったらかしにして部屋に行ったこと。それが僕の非。
尾を引かないように、あのときにちゃんと話を着けておくべきだったんだ」
「…疲れて家に帰って来て、それであんな雰囲気だったらさっさと部屋に行きたくもなるだろ。おまえに非があるわけじゃ…」
「それだよ、それ」
「え?」
言葉を被せられると同時に肩を引き寄せられ、身動きの出来なくなった俺の頬に彼の人差し指が突き刺された。
「兄さん、僕がさっさと部屋に行ったのは自分のせいだって思ってるでしょ。
あのね、僕あのときはとにかく眠たくってさ。朝からまた仕事だったし、早く休みたかっただけなんだよ」
頬に刺さったままの指先が、ぐりぐりと動く。
「まぁ、デリケートで自虐的な兄さんがあの場面でそれを見てどう思っちゃうか。そこまで考えが至らなかったのも僕の過失なんだけどね」
那月の言葉を聞きながらも、俺は頬に生じている微かな痛みと彼の奇行に吃驚して固まったままになっていた。
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