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近付いていく俺たちに気付いた道化師は、幼い子供のようにこてんと首を傾げた。
肩幅に開いた足の片側を軸に、そしてもう片足の爪先を立ててみせると、こちらへ向かってひらひらと両手を振ってくる。
無言ながら、全身で歓迎してくれているらしい。
タウンマップは無料配布しているらしく、道化師はリヤカーに沢山積んであった内の1枚を無条件で那月に差し出した。
「ありがとうございますー」
にこにこ笑ってお礼を言う那月に、道化師はくるっとターンを決める。
そして風船を持っていない方の手を胸に当てると、ぺこりと深く頭を下げた。
「!」
「う…っ」
紳士的な一礼から姿勢を戻した道化師が、那月の背後で警戒した視線を送る俺を捉えた。
ぎょっとして息を詰まらせ、さらに深く那月に縋るように隠れる俺を、ひょっこりと首を傾げて覗き込んでくる。
(怖い、怖い。冗談なく怖い)
遠目で既に駄目だったのに、それを間近で見る恐ろしさたるや。
丸みある奇抜なコスチュームも、白と赤のおぞましいメイクも。
自分でも分からないほど、その存在の全身はひどく生理的な恐怖を煽ってきた。
「あぁ、ピエロさんすみません。この人ピエロ恐怖症みたいです」
俺とコミュニケーションを取ろうとする道化師を、那月が困ったように笑いながら制した。
「いい歳して子供みたいなこと言うんですからほんとー、情けないですよねぇー大の男がねぇー」
呆れたように肩を竦めてけらけら笑いながら、那月は俺の頭をさり気なく撫でてくる。
不意打ちの柔らかい触れ方に、心臓が飛び出そうになった。
「…おい…っ」
わざとか、そうでないのか、那月は一瞬たりともこっちを見ようとしない。
(…外だぞ、ここ…)
気恥ずかしさに視線を落とす。
けれどお陰で恐怖で逆立っていた気持ちも収まったものだから、俺は複雑な心境になって言葉を飲み込むしかなかった。
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