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「じゃあピエロのことを忘れるためにも、今日は楽しまないとね」
青ざめた表情でいる俺に、那月は笑みを湛えたままマップを差し出してくる。
「ほら、兄さん。マップ広げて」
「ああ…」
どうにか気を紛らわせたかった俺も、那月に促されるがままに三つ折りのマップを開いた。
マップには紙1枚を目一杯使った街全体のイラストが描かれていた。
道も建物の並び方も事細かに描き込まれているのに、トゥーンな絵柄のおかげでとても見やすくなっていた。
マップと現実世界を見比べてみたとき、真っ先に時計塔が目に入った。
道の向こうで存在を主張しているあの時計塔は、街の中心部である噴水広場に建っているものらしい。
「ね、取り敢えず奥行ってみようよ。入り口で立っていてもしょうがないもの」
マップばかりに気を取られて立ち止まっている俺の手を、那月が引こうとする。
そうして彼に触れられたとき、俺は咄嗟に繋がれた手を解いてしまった。
「ん? どうしたの?」
「どうした、じゃない。おまえ さっきからべたべた触り過ぎなんだよ…っ」
きょとんと、不思議そうにしている那月に抗議する。
「……家じゃないんだぞ…」
けれど頬に感じている熱のせいでむず痒い気持ちになり、どうにも締まらない諌め方になってしまった。
「ふーん」
那月は平然な顔で俺を眺める。
そして悪戯っぽく口の端を吊り上げると、
「じゃあ、家の中ならべたべた触っていいの?」
と、笑って言ってきた。
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