857人が本棚に入れています
本棚に追加
「は…!?」
突拍子のない言葉に愕然として固まる。
次いでその一線を考えない冗談に怒りが沸いてきた。
「おまえ…!」
「ごめんごめんっ。怒らないでよーっ」
眉を寄せる俺を見て、那月は砕けた調子で笑う。
怒られているのに楽しそうな笑顔になっているところ、俺の反応が面白いのだろう。
そんな人間をまともに相手にするのは愚行だ。
分かっているのだけれど、それでもムキになってしまう自分がいた。
「調子に乗り過ぎだ…」
自分自身の矛盾がみっともなくて、ぶつける言葉の語尾も弱まってしまう。
…きっと、他の人間だったら俺はこうはならない。
相手が那月だから、俺は彼が嘯くこの手の冗談に腹が立ってしまうのだろう。
「ほら兄さん、機嫌直して」
険しい表情でいる俺に、那月はひとつ笑って言う。
そして性懲りも無く、俺の手を取った。
「おい、なんで…!」
「だって迷子になられたら困るしぃー」
引っ張られるようにして、雑踏の中へと歩く。
周囲なんて御構い無しの那月とは対照的に、俺は指を指されないかと気を揉んで、何度も人混みを見渡した。
「変に意識するから、周りにも意識されちゃうんだよ」
そのとき、不意を突くような言葉と共に、振り返った那月が俺に笑いかけた。
「堂々としていればいいんだよ。そしたら、こうしていることも自然なものに見えるから」
「……っ」
繋がれた手は固く、振り解くことも敵わない。
俺は何も言えないまま、再び前を向き直した那月の後ろ姿を見つめた。
最初のコメントを投稿しよう!