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エリアを抜け、俺たちは街の中央部である時計塔の噴水広場に戻って来た。
どうやら大道芸人のグループがいるらしく、広場は最初に来たときよりも人集りが増えていた。
「そろそろいい時間だね」
冬の太陽が天頂に届いた頃、それを数字で指し示す時計塔を見上げながら、那月が言葉を落とす。
「そうだな」
彼の言葉に同意するように頷いた。
帰路の時間を考慮すれば、街を出るには丁度いい時間だ。
「でも最後に一軒だけ行ってもいい?」
「今からか? 構わないが…」
「こっちこっち、着いて来て」
不思議に思いながらも、那月に言われるままに俺は後に続いた。
歩みは再び、商いの雑踏を潜り抜け始める。
ずらりと並ぶ多種多様な店。
全てを見ることが出来なかったということもあり、今になって、こんな店があったのかと印象に残る看板がいくつか出て来た。
「着いた着いた、ここだよ」
やがてひとつの店を前に、那月は立ち止まった。
「ここは…?」
店の名前からは何が売っているのか読み取れない俺は、店頭できょとんとする。
そんな俺の背をそっと押すようにして、那月は店の中に入った。
「……あ」
店内に広がる、甘い匂い。
それはきっと花や果物のもので、だけどその現物はどこにもない。
棚に並べられているのは、アロマや石鹸、洗髪料にボディクリーム。
そして、バスボムを始めとした入浴剤だった。
「この街に来たら、最後にここに来ようって決めてたんだ」
奥へと進み、何気なく手に取ったバスボムを眺めながら那月は微笑む。
「前に約束したもんね。一緒に買いに行こうって」
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