857人が本棚に入れています
本棚に追加
「…どうしたの? 急に」
暫くの沈黙の後、那月は歩みを止めなければ振り返りもせずに、背中に守っている俺に問いかけた。
冗談でも聞いたように笑うのだろうと思っていた俺にとって、少し物静かな彼の反応は意外なものだった。
「…別に。もったいないなって、思っただけだ」
伏せた視線の先に、繋がれた手の結び目が映る。
改めて見たその姿形に、俺は那月の死角でやるせないほどに小さな笑みを零した。
「大人の…いい歳した兄の手なんて繋いでいる場合じゃないだろ、って」
手を繋ぎ返せないのは、後ほんの少し指を折り曲げて彼に触れ返せないのは。
俺の中の俺に対する、最後の反抗だった。
あるいは、エゴだった。
俺にはもう、自分から彼の傍を離れる術も、勇気もない。
だからといって傍に縛り付けても、がらんどうな自分には返せるものも与えられるものもない。
だからどうか、彼から離れて欲しいと思った。
触れるどころか手も届かない、姿も見えない場所へと歩んで、こんなに歪んだ俺を置いていってほしかった。
優しく頼もしいこの手で、俺が付け入る隙もないほどの幸せを掴み取ってほしかった。
「おまえ強引なときもあるけどさ。優しいし、気立てもいい奴だからすぐに見つかるだろ」
ーーきっと幸せになれるのだろう。
いつかそう遠くない未来に現れるかもしれない、彼の特別な人は。
何の後ろめたさもなく、堂々とこの手を繋ぎ返せる、”自然なもの”になれるその人は…。
最初のコメントを投稿しよう!