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「僕がそんな風に見えるのは、兄さんが僕の兄だからだろうね」
「え…?」
「ねぇ兄さん。兄さんは僕のことを勘違いしてるよ」
俺の言葉を背で聞き留めていた那月は、やはり振り返らずに言った。
「僕はあなたが思うような、優しくて気立てのいい人間じゃないんだ」
笑みを含んだような、柔らかい声が聞こえてくる。
決してこちらに表情を見せない那月は、きっと優しく笑っているのだろう。
「だって僕は、自分の選んだ人には優しいだけじゃいられないもの」
そう思わせるような、穏やかで落ち着いた口調だった。
「だから、悪いこともひどいことも平気でするよ。
嫌がられるだろうし、もしかしたら泣かせるかもしれないね。
でも、それでもやめないと思う。
そんな姿も見たいし、全部を知りたいから」
…なのにどうして、彼はこんなにも酷く冷めた雰囲気を纏っているのだろうか。
「こんな僕だから、一緒になっても幸せになれっこないよ」
どうして、どこか努めたような柔らかい声で、人を遠ざけるような言葉を選んで吐くのだろうか。
不調和を湛えた後ろ姿に、俺は言葉を探して黙り込む。
そうしていると、手と手の結び目が少し硬くなった。
「……。まぁ、でも」
ようやく振り返った那月が、俺に向けて微笑む。
「あなたが幸せになるのを見届けたら、考えるかな」
それは雑踏ですれ違う他人の笑顔よりもずっと端正で。
そしてどこか影を潜めた、物寂しそうな笑顔に見えた。
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