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「今日もお疲れさまです、一色先生。どうされましたか?」
「院長に渡したいものがありまして」
「私に?」
閉ざした扉の前で立ったままだった一色纏が、俺の元へと歩んでくる。
そして人懐っこく微笑むと、長方形に形取られたビニール袋を俺に手渡してきた。
ーー…あれ? この袋…。
「先日のお休みを使って出掛けてきました。これはそこで買って来たお土産です」
傍らで話す一色纏の声が、耳から耳へと抜けていく。
俺はビニール袋のデザインを見て、ただ茫然としていた。
「お口に合うかは分かりませんが、食べ易い甘味を選んできたつもりです」
西洋の街並みの写真をセピア調に加工してプリントされた、ビニール袋のデザイン。
……一緒だ。
あの街で、品物を包むために使われていた袋のデザインと。
「…ありがとうございます」
胸全体に広がる不安を押し殺し、小さく笑みを取り繕う。
好意で土産を買って来てくれたのに、この反応はさすがに愛想がなさ過ぎるかもしれない。
けれど動揺している俺には、それが今の精一杯のリアクションだった。
一色纏の言う”先日の休み”とはいつだ?
火曜日? 月曜日か? それとも…日曜日?
「たくさん入ってるものを選んだので、食べ切るのは大変かもしれません。僕の中では院長は少食のイメージがありますので」
「大丈夫です。うちには弟もいますので。分けて食べます」
「ああ、そうでしたね。それなら安心です」
俺の態度を追及せず、一色纏はにこりと微笑む。
(…疑い過ぎだろうか)
人懐っこいその笑みに、俺は微かに申し訳なさを感じた。
一色纏は、あの街で俺たちを見かけなかったのかもしれない。
そもそも、彼が出掛けたのは日曜日ではないのかもしれないのだ。
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