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敵を作らない、好青年を体現している彼の笑みが、この瞬間はひどく不穏なものに思えた。
ーー何故、今その話を持ち出すのか。
突飛な話の展開に、その意味に、気付いてしまったからだ。
「それは、とても仲睦まじげな2人の男性でした。雑踏に呑まれぬようにでしょうか、手を繋いでいたのです」
茫然とする俺に、一色纏は殆ど一方的に言葉を繋いでいく。
「僕が観察対象として心が惹かれたのが、手を取られて歩いているほうの方でした。
なんとまぁ初々しいのですよ。
手を握り返せずにぎこちなく指先は固まっていて、それでいて寂しそうないじらしい表情で、前を歩く相手の背を見つめているのです。
見ているこっちが、もどかしくなりましたよ」
菓子の入ったビニール袋を抱える両腕が、緊張に強張る。
心臓の鼓動に呼吸が追いついていないような、不可解な息苦しさに見舞われた。
「僕はそのお二方を雑踏で見つけたとき、まだ付き合いたての恋人同士なのだろうと微笑ましい気持ちになりました。
気持ちのぶつけ方も分からない、ウブな関係なのだと。
…ですが彼らは、どうもそういう関係ではないようでした」
話の最中、一色纏はゆっくり俺に歩み寄った。
必要以上に縮まる距離に、俺は彼の一歩に合わせて後退する。
だけどそれも虚しく、とうとう背後にあったデスクに身体が当たってしまった。
後方への退路を塞がれた俺の前に、一色纏が立つ。
もう十分なまでに距離は狭い。
それでもなおこちらへと歩み寄る彼から逃れようと、俺は部屋の外へと出て行くために思い切って脚を急がせた。
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