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ーー突き付けられた言葉に、俺は声を出せなかった。
白を切る余裕もなく、ただ茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「おや院長。どうしましたか?」
「……!」
背後を取る一色纏の声が耳元に低く響くと同時に、片方の手首を捕らえられ、無理やり顔の傍へと持ち上げられた。
「こんなに震えて。寒いのですか?」
身動きを封じた俺の手首に、一色纏が自身の口元を充てがう。
それから心配するような声で、白々しく俺に具合を問いかけた。
「ここも。血色が悪いようには見えないのですが…」
「……っ」
肩に置かれていた彼の手が、滑るようにゆっくりと動いていく。
首から顎元へと到達したその指先が、輪郭をなぞるように唇に触れた。
混乱し、緊張と恐怖に全身が凍り付いて抵抗も出来ないまま、俺は彼の不躾に良いようにされっ放しになった。
「…いけませんねぇ、院長。僕の見間違いだとしらばくれればまだ逃げ切れたでしょうに。こんな反応を見せてしまったら、認めてしまったも同然ではありませんか」
くすくすと笑いながら、一色纏は俺を解放した。
「まぁ、ご安心ください」
慌てて1歩、2歩と距離を空ける俺を余所に言いながら、屈んで床に落ちたままのビニール袋へと腕を伸ばす。
「僕は愛の形に偏見はありません。弟を恋い慕うあなたを差別するつもりも、非難するつもりもございませんよ」
拾い上げた袋を腕に抱え、一色纏はにこりと笑ってみせる。
そして細く開いた目で愛想の良さを失わないまま、言葉を続けた。
「僕は…、ですがね?」
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