857人が本棚に入れています
本棚に追加
「…私の気持ちが弟に知られて、気味悪がられて拒絶されるのも、異常だと他人に後ろ指をさされるのも…。それは私が傷付くだけだから、別にいい……」
歯痒さや悔しさ、自身の至らなさに掌を丸く握り締める。
短く切って整えているはずの爪が、皮膚に食い込んだ。
「……だけど」
ーー分かっていた、全部分かっていたから。
ずっと気持ちを、押し殺してきたのに。
「この想いのせいで、私のせいで弟の将来が、幸せが潰れたら…、私は…っ」
あの日、あの街で俺が浮かれてしまったから。
”大丈夫”だと笑って手を引いてくれた彼の言葉に、俺が甘えてしまったから…!
「落ち着いてください、院長」
取り乱す俺を見て、一色纏が再び傍へと歩み寄ってくる。
背中に、労わるような手のひらがそっと充てがわれた。
「今の話はあくまで、”全てが周囲に露呈したら”の話です。今まで通り隠し通しておけば、あなたが危惧して恐れる未来が訪れることはありません」
目を両手で塞いで肩を震わせる俺の直ぐ傍で、宥めるような声が聞こえる。
「今この事実を知っているのは僕だけ…。つまり僕が何もしなければ、あなたもあなたの弟も平穏無事でいられるということです」
「…一色先生、どうか…っ」
ひどく優しい声色に俺は顔を上げ、柔らかな表情でこちらを見つめている彼に必死で懇願した。
「どうか、誰にも言わないで下さい。あいつは何も関係ないんです、あいつを巻き込むわけにはいかないんです。だからお願いします。お願いします…!」
無我夢中で縋り付き、細い悲鳴のような声で、何度も頼み込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!