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「この約束のために…、あなたの望む対価を支払います」
胸の前できつく握り締めた手のひらの震えを必死で抑えつけながら、俺は細く声を振り絞った。
「だからこのことは…、どうか…っ」
こちらを見下ろしている一色纏を見上げ返し、俺はもう一度懇願した。
那月の未来を、壊すわけにはいかない。
彼には、幸せになる権利があるんだ。
こんな俺の感情ひとつのために、喪われていいわけがない。
「いいでしょう」
一色纏は満足そうに微笑み、快さげに頷いた。
「弟を想う健気なあなたに胸を打たれましたよ。僕も約束を守りましょう」
自身もソファに腰掛けると、直ぐ隣に座っている俺の頬を撫でる。
次いで、俺の肩を強引に引き寄せた。
「では、院長。まずはそのコートを脱いでいただけますか?」
「……え?」
不意を突く指示に、俺は憔悴した目を丸くしてしまった。
「おや、対価を支払うと言ったじゃないですか」
口角を上げて、一色纏は言う。
無抵抗な俺の頬を撫でていた手のひらが、輪郭をなぞり顎下へと滑り落ちていく。
「…院長、あなたはどうやら僕の欲しいものを勘違いしているようだ」
そのまま顎を掴まれ、俺は無理やり顔を上げさせられた。
「大方、金銭や地位の要求を想像していたのでしょう? 王道ですからね。…しかし生憎ですが、自分でどうとでもなるものを求めるつもりはありません」
真正面に、鋭い視線を細めて笑う一色纏の顔が映る。
「僕が対価として支払って欲しいのは、あなた自身ですよ。院長」
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